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2008年11月23日(日)

アメリカワイン会

​

2006 イザベル ピノ・ノワール

      【 オー・ボン・クリマ 】

    NewYorkにて購入

​

2005 リオ・ビスタ ピノ・ノワール

     【 ブリューワー・クリフトン 】

    ロンドンにて購入

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2005 エイドリアン・フォグ

     サヴォイ・ピノ・ノワール

   【 サヴォイ・ヴィンヤード 】

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2005 ケイマス・ヴィンヤード

     カベルネ・ソーヴィニョン

            スペシャル・セレクション

          【 ケイマス・ヴィンヤード 】

    NewYorkにて購入

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2003 へスタン・ ヴィンヤード

     カベルネ・ソーヴィニョン

     【 へスタン・ ヴィンヤード 】

    NewYorkにて購入

​

1998 カレラ・ジャンセン

    ピノ・ノワール

    【 カレラ・ワイン・カンパニー 】​

DSC_0076.JPG

2008年は事情によりブルゴーニュ訪問は行わず

代わりにある用事でニユーヨークを訪問したので

その時に購入したワインでアメリカワイン会

正式にはカリフォルニアワイン会を企画しました。


 カベルネ・ソーヴィニョン2本と

ピノ・ノワール4本という内容でしたが、

申し訳ありませんがカベルネの記憶は

        微塵も残っていません・・・

​

カレラとオー・ボン・クリマに関しては

これ以降も定期的に飲んでおり

評価もほぼ固まっているので、

この時も美味しく飲んだと思います。

​

ブリューワークリフトンはロンドンのとある

酒屋にいつも置いてあったワインなので

行く度に購入していましたが2012年以降は

現地へ行ってないので

しばらく飲んでいません。

確かシャルドネも美味しかった記憶が

残っています。

​

エイドリアン・フォッグはこの頃に

ワインショップを始めた知り合いから

「DRC並みのすごいピノ・ノワールがある」

と紹介されネットで購入した物です。

いざ飲んでみると確かに密度の詰まった

果実味を感じるワインで

高いポテンシャルに今後を期待しました。

ただ、2005年以降のヴィンテージがほとんど

入ってこなかったため、以降の追跡が出来ず

今に至っています。

今年の春先に同じヴィンテージのワインが

ヤフオクに出ているのを偶然見つけたため

入手しました。

果してあの味がどう変化しているか

近いうちに確認してみるつもりです。

​  ワイン会に出そうかな・・・

​

​

​

​

​

ここからは少し脱線してニューヨークへ行った

経緯とその顛末について書かせて頂きます。

ワイン関係ではないので興味のない方は

​スルーして頂いて構いません。

​

このページの写真のディスプレイも

当時お世話になっていた酒屋さんの前オーナーが

作成された物です。

趣味人な方で色々な分野に興味を持たれていて

私と香港や台湾に食事旅行に行ったり、

ロンドンのアンティークマーケット巡りや

フランスのワイン生産地を何度か一緒に

訪問したりもしていました。

​

写真の撮影が非常上手く

プロ並みの腕を持っていると思っていたら

若い時は本当にプロカメラマンをしていたそうで、

アンティークマーケットで当時使っていた

ドイツ製のカメラを見つけた時は

長い時間カメラを触って子供の様な笑顔で

購入していた事を今でもよく覚えています。

 

この当時は週末よくその酒屋さんに遊びに行き

お店の片隅でワインを飲みながら

色々な話をしていましたが、

ある時若い時分にしたカメラマンの仕事に

ついて話してくれました。

​

それによると

1960年代に中国系アメリカ人の方と

日本の近代画家50人の取材を数年に渡って

行ったそうです。

取材後に彼の撮った写真を元に

「日本の近代画家50人」という美術書が

発行されたらしいのですが、

彼の手元には送られてこなかったので

あの仕事がどうなったのか

非常に気になっているという話を

ワインを飲みながら聞いていました。

​

この時はそれで終わったのですが、

その後とある用事で皇居近くの

東京都近代美術館に行く機会があり、

本の話を覚えていたので

アートライブラリで関連の書籍が無いか

調べてみました。

​

すると一緒に取材をしたアメリカ人の名で

「日本の近代美術」という本が1966年に

出版されていることが分かり、

蔵書リストに入っていたので

閲覧を申請し中身を確認しました。

​

内容は絵画だけではなく彫刻、版画や建築

まで載っており有名なところでは

棟方志功や岡 鹿之助の顔写真や

制作風景の写真が掲載されていました。

​

この本が目的の物か私だけでは

判断がつかなかったので蔵書のコピーを

考えましたがコピーは不可のため

学芸員に事情を話し相談したところ

近くの神保町に美術関連の古本屋があり

そこで手に入るかもしれないと言われたので

何件か書店を教えてもらい

その足で直ぐに探しに行きました。

​

運良く一軒目の書店で目的の本を

見つけることが出来たので

直ぐに購入して彼の元へ届けに行きました。

本を受け取ると食い入るように写真を確認し

自分が撮った写真が絵画のページに

何枚か使われていることを指摘して

物凄く喜んでいました。

​

この本を見たことで記憶が刺激され

あの仕事はニューヨーク近代美術館から

依頼されていた事を思い出しました。

​

ここまできたら乗りかかった船なので

早速MOMAのサイトにアクセスして

蔵書リストから該当するようなものは

無いから調べていきました。

​

すると、ありました!

1962年に同じアメリカ人の名前で書かれた

「今日の日本画家50名の紹介」という本が

ライブラリに今も保存されていることが

判明しました。

​

同じ本が手に入らないか色々探しましたが

ネット検索ではまったく見つからなかったので

企画段階で出版中止になった可能性もあり、

現物は当時はMOMAへ行かなければ

見れない状態でした。

​

そんな訳でこの年の旅行はブルゴーニュから

ニューヨークへと変更されました。

​

MOMAにはライブラリでの閲覧を事前に

予約していましたが、

いざ着いた時には目的の本と作家に関する

資料が既に机に用意されていたので

仕事の速さと的確さに流石MOMAだと

いたく感心した事を覚えています。

​

問題の本を確認したのですが、

ここで愕然となりました。

確かにBookと書いてありましたが

実際は100ページ程度の記事をまとめた冊子で

  写真は一切載っていませんでした・・・

​

資料の前でしばらく呆然としていたことを

覚えていますが、直ぐに頭を切り替えて

本を書いた作家について出来るだけ

情報を集めて後で所在を確認することにし、

目的を本から作家へ変更しました。

MOMAにあった目ぼしい資料はコピーし、

まだ足りなかったので

ニューヨーク市立図書館へ行き

補足の資料を入手しました。

この甲斐あってか、この資料から後の

手掛かりを見つける事が出来ました。

​

本の捜索が一段落したのでその後は

ニューヨーク観光を満喫しました。​

​

まずは9/11のグランドゼロに行き、

当時まだ何もない状態の跡地に献花を行いました。

付近には当日の様子を知らせる記念館の様な

チャーチがありその生々しい内容に思わず

​うつ向いてしまった事を覚えています。

DSCF1589.JPG

​その後は市内のワインショップをハシゴして
カリフォルニアやブルゴーニュのワインを買いました。
今は分かりませんが当時は日本よりもかなり割安に
​購入出来た気がします。

DSCF1743.JPG
DSCF1744.JPG

​残った時間はニューヨークの市内観光に使い、

ブルックリン橋&自由の女神観覧クルーズ、

メトロポリタン美術館見学、セントラルパーク散策

現地のデパートや高級食材店ゼイバーズでの買い物など

思い切り満喫させて頂きました。

​

香港やロンドンで活気のある猥雑な大都会は

既に経験していましたが、

ニューヨークはまた違った趣があり

機会があればぜひ再訪したいのですが、

​物価高には流石に少し参りました。

当時よりは収入もそこそこ上がっているので

​次回は少しリッチに過ごしてみたいです。

​

​

日本に帰国して直ぐに学生時代の友人が

胃ガンで無くなったとの連絡を受けました。

ニューヨークから浮かれて帰ってきた自分は

この一件で急に現実に引き戻され、

人生終わりが見え隠れする年代に入った事を

​否が応でも認識するようになり、

残りの人生で何があるのか分からないが

なるべく悔いのないように生きようと

心の中にひっそりと誓ったことを

今これを書いていて思い出しました。

​

そんな思いを胸に秘めつつ、

持ち帰った資料を精査してアメリカ人作家の

行方を捜してみました。

大きな手掛かりとして80年代に

京都の大学で教鞭を執っていた事が

資料の中に載っていました。

​

他に有力な手掛かりも無かったので、

その大学の総務宛にメールを送り、

今までの経緯の説明と

件の作家が今どこに住んでいるのか

知っている様でしたら連絡して欲しいとの

要件を伝えてみました。

​

すると数日後に丁寧な返信を頂き、

だいぶ前に退任されたので

詳しい連絡先は分からないが、

何年か後にインドネシアのバリ島で

宿の経営を始めたとの近況報告が入ったので、

その宿の名前と場所を教えて頂きました。

​

今度は南の国の訪問を覚悟していましたが、

幸運にも酒屋の常連客の中に息子さんが

バリの領事館に勤務されている方が

いましたので、その方を介して連絡して

頂けることになりました。

​

しばらくすると現地から報告があり、

作家の方は今もご存命でバリで余生を

過ごされているとの事でした。

近いうちに東京に行く用事があるので

その時に教えて貰った住所を

訪問するとの伝言もあったそうです。

​

私も少し関わった身なのでその対面には

ぜひ立ち合いたいと考えていましたが、

残念ながらタイミングが合わず

後になってオーナーから

​再会のいきさつを聞かされました。

​

作家の方がお店を訪れた時、

運悪くオーナーは少し離れた場所にある

レストランでワインの試飲パーティーを

開催していましたが、

その話を聞かされた彼は

直ぐにそのレストランに向かったそうです。

​

パーティーの会場に年配の方が入ってきて

周りを伺っていたので、

なんだろうと思い声をかけたところ

振り向きざまに目が合った瞬間

お互いの存在をすぐ理解した様で

約50年振りの再会に互いに抱き合って

​   涙したそうです・・・

​

その後長い時間色々と話をし、

例の本はやはり出版されなかったそうで、

写真は当時印刷を依頼していた

東京の美術出版社に預けたままに

なっていることを知らされたそうです。

​

その後彼が写真を探しに行ったとの話しは

聞いていないので、

多分本当にしたかったことは

あの作家さんとの再会だったのではと

今は思っています。

​

残念ながらオーナーはこの数年後に

鬼籍に入られてしまったので

この事を確認することは出来ませんが、

再会を果たした後は事あるごとに

この件について嬉しかった、

ありがとうと言っていたので

たぶんそうだと思います。

​

​

長々とお付き合いありがとうございます。

この会の記事を書くに当たり

このエピソードがどうしても頭から離れず

場違いだとは知りつつも

この欄に書かせて頂きました。

​

私にとってはワインは人との縁を繋ぐ

飲み物でもあるので、

これからも末永く大切に付き合っていこうと

思っています。

​

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